こんにちは!太宰府魅力発見塾塾長の福田です。

神幸式大祭は太宰府天満宮のお祭りの中でも最も大切な祭りと言われています。

神幸式大祭

福岡県の無形民俗文化財指定

神幸式大祭は平安時代の康和3年(1101)、大宰権帥 大江匡房おおえ まさふさにより始められ、天神さま菅原道真公在世の往時を偲び、神霊(みたま)を慰めるとともに、皇室の安泰と国家の平安、さらには五穀豊穣を感謝する秋祭りです。

この行列を導く太鼓の「ドーン」という音と鐘の「カーン」という音から『どんかん祭り』とも呼ばれています。

 

 

神幸式大祭のスケジュール

秋分の日の前々日

9月21日

15時00分
神幸式大祭始祭(本殿)

秋分の日の前日

9月22日

19時00分
出御祭(本殿)・お下りの儀
22時00分頃
榎社着、浄妙尼社奉幣の儀、行宮献饌祭

秋分の日

9月23日

16時30分
お上りの儀、御発輿、天拝秘法
17時30分頃
浮殿献饌祭
18時30分頃
還御の儀
19時00分頃
本殿還御祭(本殿)
9月24日
19時00分
古式献饌祭(本殿)
9月25日
11時00分
例祭(本殿)
20時00分
千灯明、水上神楽

25日20時より天神さまの神霊を慰める「千灯明」が行われ、「神幸式大祭」は幕を閉じます。

お下りの儀

この「お下りの儀」では、道真公の神霊を奉安した神輿が鐘と太鼓の音に導かれつつ、王朝絵巻きさながらに約500人の奉仕の人々が美しい行列を整え、かつて道真公が住んでいた榎社までの道のりを進みます。

 

 

 

 

榎社にて倭舞奉納

榎社も旗や幕があり、いつもと違った雰囲気になります。

倭舞は倭神楽やまとかぐらともいい、4名の童女みかんこで舞う神楽です。
その発祥は古く、平安時代末頃に京より大宰府へ下った惣市家そうのいちけの女性によって伝えられ、今日まで連綿と受け継がれています。
舞は、榊舞と鈴舞で、うたいは天神さまが詠まれた詩歌の三首と京風の数え歌があります。

榎社

 

 

 

 

 

千灯明

25日の夜、心字池に巡らされた千本のローソクに火が灯され、天神さまの神霊を慰めるのが「千灯明」

 

 

水面に映えるローソクの灯りに包まれた水上舞台での、巫女による水上神楽は幽玄な世界へと誘われます。

水上神楽

浦安の舞は、舞姫(巫女:みこ)によって一人舞、二人舞、四人舞で舞われる女舞です。 正式は四人舞で、前半は扇舞、後半は鈴舞となります。

 

 

太宰府天満宮参道に掲げる白い布

 

 

白い布は浄妙尼のお腰

道真公が太宰府に左遷されて来た時に左大臣藤原時平(藤原時平が時の醍醐天皇に讒訴したために無実の罪の菅原道真が太宰府に左遷される)の追手が迫って来たので浄妙尼が道真公を桶に匿い、自分のお腰を咄嗟に桶に被せて道真公の一命を取り留めたことを記念して神幸式大祭の時に太宰府天満宮の参道に掲げています。

 

この千灯明に合わせて、太宰府天満宮周辺では「古都の光」というイベントを開催しています。

 

水上神楽の写真多数あり

 

太宰府天満宮の神幸式大祭が終わると太宰府には秋がきます。

 




塾長より

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