1、太宰府政庁(都府楼)設立当時

太宰府,歴史,

 536 大和朝廷、那津(福岡)に官家を建てる。

   (当時緊迫していた朝鮮情勢に対応するため)

    593 聖徳太子摂政となる  

    601 飛鳥時代の始まり

       645 大化の改新

   (中大兄皇子や藤原鎌足らが蘇我入鹿を暗殺し天皇中心の政治体制)

 661 白村江の戦いのため総指揮官として斉明天皇朝倉へ(半年後に逝去)

 663 白村江の戦い(百済、日本:新羅、唐)日本軍大敗

      百済より日本へ10万人亡命  地名・・原(バル)の謂れ

 664 水城提・大野城築城(博多湾からの来襲の備え)

 665 基肄城築城(朝鮮式山城)(有明海からの来襲の備え)

    那津官家を現在地太宰府に移す →太宰府政庁(都府楼)の始まり

    668 近江令「日本」国号初めて制定

        694 藤原京(奈良飛鳥)に遷都  飛鳥時代

 702 第7次遣唐使 山上憶良(太宰府に従五位下として赴任)

    

       奈良時代始まる

 746 観世音寺(天台宗)建立(斉明天皇の菩提寺)

   中大兄皇子→天智天皇

 761 戒壇院(臨済宗宗妙寺派聖福寺末寺)建立・鑑真

    日本三戒壇の1つ(奈良の東大寺、下野の薬師寺、西の戒壇院)

 774 大野城に四王寺が建てられる

    794 平安京(京都)       平安時代始まる  ↓

 940 藤原純友の乱で焼失

 958 曲水の宴(小野好古=太宰府の長官・小野道風の兄)

   太宰府は九州(筑前・筑後・豊前・豊後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩の9国と壱岐・対馬の2島)を総管するとともに、

   対外関係・軍事・貿易を管理。

2、太宰府天満宮設立

太宰府天満宮,歴史,

 ・菅原道真(845~903 享年58歳)

 ・誕生日6/25命日2/25なので毎月25日はうぐいす餅。

  901~903 右大臣菅原道真、左大臣藤原時平の醍醐天皇への謀反の疑いにより左遷。

 ・菅原道真が権帥として左遷された時は俸給も実権もなく榎社に幽閉。

 ・お墓・・・太宰府天満宮   ・梅が枝餅のネーミング・・・浄妙尼

 ・当初は安楽寺天満宮、1868(明治元年)神仏分離令で「太宰府天満宮」に

 

  道真公の無実が証明され「天満大自在天神」という神の御位を贈られ「天神さま」と崇められるようになった。

  太宰府天満宮は全国12000社ある天神様をお祀りする神社の総本宮。

 

 

3、平安~室町時代

 1158 平清盛  太宰大弐

 1183 平家一門安徳天皇を擁して太宰府へ下る

 1192 鎌倉幕府の始まり

 1336 足利尊氏 太宰府四王寺山の浦の城、原八坊に入る

 1338 室町幕府を開く

 

 

4、秀吉九州制覇(岩屋城の戦い)  安土桃山時代

    1582 本能寺の変

 1586 岩屋城(豊後大友宗麟の出城)薩摩軍との戦いで763名全滅

    岩屋城城主 高橋紹運の息子宗茂→立花城城主 立花道雪の娘誾千代に婿養子

    1590 秀吉全国制覇(1598秀吉死去)

    1600 関ケ原の戦い

 

    立花宗茂・・・柳川立花藩初代城主

    黒田官兵衛(1604死去)・・・姫路から中津城 初代藩主

    黒田長政・・・中津城→福岡城

 

 

5、明治維新は太宰府から

 1865 五卿、京より移される

    ・維新回天の原動力・・・五卿、坂本龍馬、西郷隆盛、高杉晋作、勤王の志士

    (於)延寿応院(桃園天皇命名)・・・現天満宮宮司 西高辻氏(菅原道真の末裔)の邸

    ・参道に今も薩摩藩(松屋)、長州藩(大野屋)、土佐藩(泉屋)、幕府(日田屋)

    ・松屋・・・僧月照、西郷隆盛直筆の掛け軸

    ・梅園(お菓子屋)・・・松本清張、川端康成、吉田茂来店

 

 

6、大正初期

 お石茶屋

    ・お石・・・筑前三美人の一人

    ・飯塚の炭鉱王 麻生太吉(麻生元総理の曽祖父、1857安政4年~1933昭和8年)

    ・お石トンネル・天満宮に石灯籠を寄進

  お石茶屋・・・佐藤栄作、犬養毅、野口雨情、長谷川一夫、高峰秀子等来店

 

 伊藤伝右衛門

   ・飯塚の炭鉱王 伊藤伝右衛門(福銀創始者の一人)白蓮(大正三美人の一人)

    ・天満宮に鳥居を寄進