こんにちは!太宰府魅力発見塾塾長の福田です。

 

長崎県対馬市の古代山城・金田城が、2109.9.16(月)にNHKで放送され「日本最強の城」に選ばれました!!

写真の一部は同行のStorchさんからお借りしました。

パートⅢまで計画しています。

 

2019.10.29~30対馬の「日本最強の城」金田城に行きました。

高速フェリ-で博多~厳原間約140kmを2時間15分(10:30~12:45)約7,000円

 

高速フェリ-「ヴィーナス号」

 

博多湾を出ると可也山が見えます。

 

一面海!

 

対馬グランドホテル

 

 

鶏知重砲連隊旧高浜砲台(演習)

ホテルの駐車所横に弾薬庫跡

 

ツシマヤマネコは氷河期に陸続きだった大陸から渡ってきて日本では対馬にのみ生息。

現在生息数は約100頭ほどで絶滅危惧種に指定されています。

ツシマノラネコのお出迎え

 

ホテルでランチ

 

いよいよ念願の「日本最強の城」金田城へ

 

続日本100名城認定

 

国特別史跡金田城跡

 

頂上登山道口

 

 

金田城

金田城は667年に標高276mの城山に築かれた古代山城(朝鮮式山城)です。663年(天智2年)の「白村江の戦い」に敗れた中大兄皇子が唐・新羅に対する防衛のために、対朝鮮半島防衛の最前線として築かれた日本最古級の城で、『日本書紀』にも記述があります。山頂部に石塁、山の周囲を取り巻くように石垣が築かれ、防人宿舎など中枢機能があったと考えられています。1962年(昭和37年)に長崎県史跡として指定されました。

太宰府の防護、瀬戸内の固め、畿内の本塁と続く戦略配置の要でした。

 

 

金田城跡入口

 

 

この頂上への道は明治期の日露戦争に備え城山砲台を造るために整備された道路。

 

 

 

浅茅湾

 

 

見下ろすと絶壁です。

 

金田城壁石垣

 

城山をぐるりと取り囲む石垣の総延長は約2.2km,、最も高い石垣は約6.7mに達します。

浅茅湾の眺め

 

 

 

 

 

 

 

 

掘立柱建物跡

防備兵の詰め所や見張り場や南門守備の役割などが考えられます。

 

 

三ノ城戸口

城戸(水門)は比較的なだらかな東側斜面に石垣が高く積まれ城の内外を通行するための城戸(城門)が沢ごとに設けられています。

 

三ノ城戸

 

前述の通り金田城は667年に築かれた古代山城(朝鮮式山城)で663年の「白村江の戦い」に敗れた日本が唐・新羅に対する防衛のために、対朝鮮半島防衛の最前線として築かれた日本最古級の城で太宰府の防護、瀬戸内の固め、畿内の本塁と続く戦略配置の要でした。

太宰府の防衛施設として太宰府周辺に664年に水城665年に大野城と基肄城(きいじょう)を築き対朝鮮半島防衛の最前線対馬にこの667年金田城を、兵站基地として熊本菊池に鞠智城(きくちじょう)を、瀬戸内海沿いの西日本各地(山口に長門城、四国に屋嶋城、岡山に鬼ノ城、難波に難波津、大津に大津宮など)に朝鮮式古代山城の防衛砦を築き、北部九州沿岸には防人(さきもり)を配備しました。

さらに、667年に天智天皇は都を難波から内陸の近江京へ移し、ここに防衛体制は完成を見ました。 

 

 

PS

以下は一流コレクターうっちゃんからの提供です。

防衛施設の配置図

 

熊本菊池の鞠智城

 

現在の鞠智城

 

うっちゃん情報の提供ありがとうござました。

次は熊本菊池の鞠智城へ行く予定です。




塾長より

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