【二日市の正行寺】枯山水の石庭と紅葉
見ごろは11中旬~12月上旬
宗派:浄土真宗東本願寺派
住所:福岡県筑紫野市二日市中央4-7-1
正行寺は戦国時代の1593年に創建された寺院。代々住職を務める竹原氏は肥後国阿蘇家一族の武将の出で、戦国時代に薩摩島津家に敗れ、敗走した先の二日市のこの地で出家。福岡県で一番古い酒蔵「大賀酒造」による土地の寄進により創建。大賀家は以来、代々門徒総代として正行寺を支えています。

太宰府天満宮の秋の大祭に、太宰府天満宮より榎寺まで神輿の牛車を牽く牛は、昔から大賀家の黒牛と決まっていました。
大賀家は他にも太宰府の戒壇院等の古いお寺にも仏物を寄進しています。

本堂に向って左手には三重塔があり、そのまわりは岩や砂をベースとした庭園があり、 三重塔をはじめ古井戸や鐘楼などが配置され、砂はきれいに掃き清められています。

正行寺枯山水の石庭
長野県を代表する作庭家 小口基實による枯山水の石庭。



本堂前を流れる鷺田川

二日市八幡宮
住所:筑紫野市二日市中央3-6-35

福岡藩二代藩主黒田忠之建立
祭神:玉依姫、神功皇后、応神天皇
御神木の公孫樹
筑紫野市天然記念物
天正14年(1586年)島津義久の率いる薩摩勢は高橋紹運が守る岩屋城を攻め落とし、その帰りにこの公孫樹を伐り倒そうとしました。このとき長百姓惣左衛門の妻とやまだ家の老婆が駆け付け老婆が「これは当所の氏神八幡宮の神木なり、たちまち御罰を蒙るべし」といい、そのまま木に抱きつき「この木を伐り申さば先ずこの姥を伐り、それよりこの木を伐り候え」と言い放ったところ、切り倒そうとした者たちは、その勢いに恐れたのか、斧を棄てて立ち去ったといわれています。
これよりこのご神木の公孫樹は「厄除けの銀杏」といわれています。(筑紫野教育委員会)
なお、福岡で薬局を展開しているこちらも筑紫野市が創業地の「大賀薬局」とは特に姻戚関係はないそうです。
正行寺はこれほど立派なお寺にも関わらず訪れる人がほとんどいない中、先日は外国の女性(中国、ウクライナ?)だけが10人ほど訪れて写真を撮っていました。
正行寺のマップ
二日市八幡宮は正行寺の下の方にあります。
▶fukuda0917@yahoo.ne.jp
塾長より
いつも記事をお読みいただきありがとうございます。
もしよろしければ記事の一番下にある「コメントを残す」より
コメントを書いていただけますと、記事を書く励みになります。
これからも太宰府の魅力をお伝えしていきますので
応援よろしくお願いします。


先日、正行寺の前を通ってたら本堂の前で男女20人位のダンスチームが練習をしていました。驚きましたが次はゆっくり見学させて頂きます。
ひ−さんコメントありがとうございます。お寺とダンスめずらしい取り合わせで意外と合うかもしれませんね。
いつも普通に前を通ってたのに、歴史があるのですね。
くみ子さんコメントありがとうございます。意外と近くのものでも言われてみて気づくものってありますよね。
以前、二日市近辺に住んでいた頃から、正行寺は立派なお寺だなあとずっと思っていました。由来がやっとわかりました。
近くまで行ったら、訪ねてみようと思います。
すみれさんコメントありがとうございます。近くにいても意外と行かなくて遠くに離れて行ったりしますよね。
その土地土地に深い歴史がありますね。歴史を知ると面白い!
そして歴史から学ぶことが一番大事です。
愚かな破壊行為を何故するのでしょう。何処かで争いがあってますね。
人間が存在する限り争いは無くならないのかな~?
宇宙空間の中で芥子粒程もない人生なのに、、。
平和に生きれたらいいのに。
ヒマドンナさんコメントありがとうございます。
おっしゃる通り残念ながら人間が存在する限り争いはなくならないのでしょうね。
福田塾長さん
「正行寺」については、聞いたことも行ったこともありませんでしたが、
つい先日、熊本勤務当時の先輩の先生の御葬儀が正行寺で執り行われたと言うことを知りました。知っていたら参列するはずでしたが、その先生は、正行寺にお住まいだったと言うことを知り、是非御参りしなければと思っています。
偶然ではありますが、不思議な御縁のような気がしました。
Storchさん正行寺とはそういうご縁があったのですね。
今度太宰府お越しの節は二日市駅かかも近いのでご一緒したいですね。
こんばんは。12/7に光明禅寺で楽しいお話を沢山聞かせて頂いた高次です。その節は本当にありがとうございました。分かりやすく面白くどんどん知識の扉を開いて下さるので引き込まれ、寒さを忘れるあっという間の1時間でした。
あの後太宰府館で刀伊の入寇の進軍図などを見て、帰りのバスでこちらのサイトの記事を色々と拝見しながら帰りました。
少しずつ読ませて頂いていますが、母里太兵衛が黒田長政から拝受したという脇差「関の孫六」という逸品を持っておられる方のご自宅へ拝見しに行ったお話に「!」となりました。なかなか貴重な機会ですよね、凄い。
石穴稲荷神社さんの回も早速拝見しました、また別でコメントさせて下さい。
今回のご投稿もそうですが、見慣れた筈の郷土の風景も、色々調べてみると改めて面白い発見がありますね。
塾長さんのブログ、今後も楽しみにしております。過去の記事にもコメントさせて頂くと思いますので、その時はどうぞよろしくお願い致します(^ ^)
高次さんコメントありがとうございます。先日は高次さんが余りにお詳しからつい熱が入り話し込んでしまいましたね。
どこの歴史もそうでしようけど調べるほどに新しい発見があり、思いもかけず繋がりが出て来るところがおもしろいですね。
もし「関の孫六」に興味おあわりであれば所有者の方にお願いしようと思います。以前友だちが「太宰府は歴史の宝庫」と言っていましたけど正にその通りで、他のブログも御覧いただきコメントがあればよろしくお願いします。