こんにちは!太宰府魅力発見塾塾長の福田です。

先日筑前国分寺に行ってきました。

741年聖武天皇は当時天然痘や内乱などの社会不安が続いたため国を護るため国内各地に国分寺と国分尼寺を建てました。
福岡県内には当寺と筑後国分寺、豊前国分寺がありました。

聖武帝 勅建 筑前国分寺碑

(正式名称:金光明四天王護国之寺)

寺域:192m四方

 
一帯が旧国分寺跡
金堂跡に現国分寺が建っています。
 
 
 
 
 
 
 
5.2mのミニチュアの七重塔
実物は54mでしたので約1/10の大きさ。
文化ふれあい館の庭にあります。
 
 
 
七重塔はどこからでもお参りが出来るように54mの高さがありました。
 

紅葉のころ

2019.11.26

七重塔

 
 
国分寺跡
 
 
 
 
 
 
 
 
 

現在の国分寺

旧筑前国分寺の後継寺
 
正式名称
高野山 真言宗 龍頭光山 筑前国分蜜寺
 
(金堂跡地に建てられた)
 
 
 
 
山門
 
 
 
水城の水門に使用された木で作られた寺号額
 
 
 
九州四十九院薬師霊場第一番札所
 
 
 
本堂
 
 
 
 
本堂内
 
 
本尊:薬師如来坐像(重要文化財)
病気の治癒をお願いする仏様 
作者:行基菩薩(1300年前、奈良時代の名僧)
 
 
境内
 
 
 
 
 
 
 
 
 
筑前国分寺金堂礎石
 
 
薬師之水
 
 
 
 

 

太宰府官道

大宰府の出入口となった水城の西門・東門を通過する直線道です。西門ルートは筑紫館(鴻臚館跡)と大宰府を結ぶ道で、外国使節はこのルートで大宰府へ入りました。東門ルートは博多に繋がっており都からの官人赴任ルートとみられます。西門・東門ルートともに現在は市道として踏襲されています。
 
古代人は西門ルートや東門ルートからこの54mの高さの七重塔を拝みながら通ってたと思われます。
また外国からの使節や都からの官人に見せるために小高い丘にこの高さの七重塔を建て日本の国威を見せつけたのではないでしょうか。

PS百済の塔

以下郷土歴史家うっちゃんに「百済の塔」を提供いただきました。

「韓国もそうですが塔は全て奇数で作られていますね。
三重、五重、七重、九重の塔ですね。
写真は百済の塔です。
仏教の教えで塔は奇数の重ねで作るそうです。
偶数は視たことないですね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
国分寺の七重塔にしても上記の鞠智城にしても百済の影響を受けているのは一目瞭然ですね。
うっちゃん貴重な情報の提供ありがとうごいました。
お蔭さまでブログに奥行きが出て理解が深まりました。



塾長より

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