こんにちは!太宰府魅力発見塾塾長の福田です。

今回は太宰府天満宮と双葉山についてまとめてみました。

1.太宰府天満宮境内の野見宿禰公碑(のみのすくね)

太宰府天満宮本殿裏の右手にあります。

 

 

説明板

「野見宿禰は菅原道真公の祖先にあたり、わが国における相撲の祖神とされる。その前にある力石は、江戸時代若衆が力自慢したもの」。

 

 

碑の前の力石は福山、尾道の産で尾道の船乗りが奉納したであろうといわれています。

左から

松は57cm×40cm×30cm 120Kg

竹は55cm×35cm×25cm 100Kg

梅は50cm×35cm×20ccm 70kg

2.角聖といわれた大横綱双葉山

双葉山相撲錬成道場跡地

現養護老人ホーム双葉(双葉は双葉山から名付けています)

住所:福岡県太宰府市 三条1丁目4-1

 

現養護老人ホーム双葉

 

双葉山(1912.2~68.12、56才)は戦前の1936.1~39.1の3年にわたり69連勝、またその4年後の1943.5には4場所連続優勝したあと、戦争が激しくなったため1943.10道真公の先祖で相撲の祖神とされる野見宿祢公が祀ってある大宰府天満宮近くの現太宰府市三条に疎開し双葉山相撲錬成道場」を開き、住居も構えました。本場所がある時にはここから上京していました。

ここでは横綱鏡里や大関大内山も下積み時代を過ごしました。

1944.6には当地で妻澄子との間に長男経治が誕生。

一般人や青少年にも無料開放し、専門的な指導員を置いて相撲を学ぶ場としました。

1945.11 角界引退

錬成場は1948年に福岡県へ売却され5年の歴史に幕を閉じました。

太宰府の道場の前で長男の経治を抱く横綱

 

70連勝をかけた取組後の2人のコメント

・敗れた双葉山「われいまだ木鶏たりえず」(私はまだ木彫りの鶏のように無心の境地に至れなかった。中国の古典『荘子』からの引用)

・一方安藝ノ海が勝った時に、本人や家族が大騒ぎしたから出羽海親方は「勝って褒められるより、負けて騒がれるようになれ」と諭しました。

 

伊勢ヶ濱部屋(元横綱日馬富士、宝富士、照ノ富士)は九州場所では宿舎を太宰府天満宮境内に置いています。




塾長より

いつも記事をお読みいただきありがとうございます。
もしよろしければ記事の一番下にある「コメントを残す」より
コメントを書いていただけますと、記事を書く励みになります。
お名前はニックネームでも大丈夫です。

これからも太宰府の魅力をお伝えしていきますので
応援よろしくお願いします。