こんにちは!太宰府魅力発見塾塾長の福田です。
太宰府天満宮本殿前の楼門
太宰府天満宮本殿前の楼門は菅原輔正が初めて造りましたが、その後何度か焼失し、戦国時代に石田三成が寄進し、その後焼失。現代の楼門は明治44年(1911年)に三條栄三郎の設計により再建。回廊外側と内側が異なる珍しい楼門です。
なお楼門とは寺社などにある、二階建て(重層)になった門のことをいいます。
三條栄三郎は日本の建築家。山形県出身。明治・大正時代に福岡県で活躍し 1924年までの16年間、福岡県の多くの施設が洋風建築に建て替えられる時期で、“三條時代”とよばれるように、県の建築業界を牽引しました。
三條栄三郎が設計を担当した建築物は、旧福岡県公会堂貴賓館(明治43年竣工、国の重要文化財)、旧福岡県庁舎(大正4年竣工)、福岡県立図書館(大正7年竣工)、宮地嶽神社、筥崎宮拝殿・回廊・楼門(大正3~6年竣工)、太宰府天満宮楼門など。
なお、設計者について
「楼門の不思議」の講演で福岡県文化財保護審議会の山野善郎氏によると三條栄三郎は木材の乾燥方法を助言していて設計者は明治神宮も設計した安藤時蔵とのことでした。
太宰府天満宮本殿前の楼門
楼門表側と裏側とで形態の異なる珍しい楼門
楼門表側の屋根は二層
楼門裏側の屋根は一層
近くで見ると
三つの大提灯
左右両脇で睨みをきかし天神様をお守りする随身(ずいしん)
左側
左足元に虎と龍
右側
右足元の虎と龍
右は口を開いた阿形 (あぎょう) と、左は口を閉じた吽形 (うんぎょう) の一対です。
門扉
楼門両脇の天神様のお守り役にはなかなか気付きませんけど一度じっくり見てください。
ここでも右は口を開いた阿形 (あぎょう) と、左は口を閉じた吽形 (うんぎょう) の一対です。
太宰府天満宮の拝観情報
開門時刻
- 春分の日~秋分の日前日まで:6時
- 上記以外の期間:6時30分
※春分の日は3月20日頃、秋分の日は9月23日頃
閉門時刻
- 4、5、9、10、11月:19時
- 6月~8月:19時30分
- 12月~3月:18時30分
- 毎週金曜日、土曜日:20時(2019年3月より)
※1月1日~3日までは24時間開門、4日は参拝者の状況を見て閉門
拝観料
- 無料
▶fukuda0917@yahoo.ne.jp
塾長より
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楼門の守護役がいるとは知らなかったな!珍しい!今度じっくり見てみよう。
青空さんコメントありがとうございました。
守護役にはなかなか気づきませんね。見甲斐はありますよ。
私の曽祖父が、宮大工の棟梁として楼門の再建に携わったと今は亡きおじ、おばたちから聞いています。
曽祖父は、慶応3年(1867年)生まれで、HKといいます。
当時の資料(楼門廻廊等落成記念写真、楼門廻廊等建築費寄附)が2点ありますので、写真を添付します。
この工事を請け負った三井郡大刀洗町の家曳業者の方が、楼門の棟木に棟梁である曽祖父の名前が記されていたと私の親に伝えられたそうです。
私の曽祖父は、当時、20人近くの弟子を持ち、数多くの神社、お寺を建築していることから、太宰府天満宮の楼門の再建にも携わっていると思うのですが、
100年以上も前のことで、当時を知る者は他界し、添付の写真以外は、伝え聞きばかりです。
確かな記録はないだろうかと思っていたところです。
本日、太宰府天満宮に初詣に行きました。
社務所で味酒さんという方から、次のことを教えてもらいました。
楼門の移転工事は、本殿前の境内を広くするため、昭和47年に行われた。
約20メートル移転している。
3年前に楼門の調査が行われ、棟札から設計者が分かった。
もしかしたら、調査時の記録写真に、曽祖父の名前が写っているのではなかろうかと期待を持ちました。
有益な情報を入手されることがありましたら、是非、ご教示いただきますようお願いします。
先日設計者のご質問いただき太宰府天満宮文化研究所へお尋ねに行ったところ設計者まではわかっているけど施工者につては不明ですとのことでした。
ただ、天満宮全体まだまだ分からないところがたくさんあるので、全体の調査を最近「ご本殿調査有識者委員会」に委嘱したところで、その調査の中で施工者も明らかになるでしょうとのことでした。
添附いただいた資料拝見しますと寄付金や落成の写真ですのでやはり建築に大きく関わられた可能性大ですのでそれをお持ちになって「太宰府天満宮文化研究所」(92-922-8225)へ行き説明され、委員会の委員山野氏につないでもらわれたらいかがでしょうか。
委員会としてもお持ちの資料は大変参考になりありがたいのではないでしょうか。
これは立派な楼門ですね、規模華麗さは見事です、あまり見たことのないスケールです、随身の模様もよくわかりました、龍とか虎は多分中国渡来の「四神相応」でしょうか、東青龍、西白虎、南朱雀、北玄武(空想上の亀)、守護神です、私も初めて見ました、こんな大規模な楼門に行く機会があればじっくりと眺めたいと思います。
若宮征之助さんコメントありがとうございます。随身は先日格子の中を覗いてみて初めて気づきました。風格ただよう楼門ですので一度訪ねておいでください。