こんにちは!太宰府魅力発見塾塾長の福田です。
日本最古の農業用水路で、古代に作られた水路が現在も使われている全国的にも珍しい遺産です。
裂田の溝とは
福岡県那珂川市を流れる那珂川の「一の井手」から水を引き込み田畑を潤し「今光」までの総延長5.5kmに及ぶ農業用水路で最後は那珂川に流れ込む。
裂田の溝は720年(養老4年)に日本で最初に編纂された公式の歴史書「日本書紀」の神功皇后紀に既に記されている。
農林水産省の疎水百選に選定されており、日本の農業を支えてきた代表的な用水路の一つである。

2015年に日本遺産「古代日本の「西の都」〜東アジアとの交流拠点〜」の構成文化財の一つに認定。
ただし、2025年2月5日に認定取り消し。取り消されたからといって日本遺産としての歴史的な価値が下がった訳ではない。
裂田の溝

名前の由来
元々は岩で塞がれていたのを、雷が岩を裂いたことで水が通るようになったという伝説からこの名がつけられたとか。
認定取り消し理由
構成団体間の連携不足と住民の認知度・周遊促進策の不十分さ。
文化庁は、集客力のある太宰府天満宮などから周辺地域への効果的な観光客の誘導策が計画に盛り込まれていなかったことを指摘。
裂田神社
福岡県那珂川市安徳11
祭神:神功皇后

現人(あらひと)神社
福岡県那珂川市仲3-6-20
主祭神:住吉三神(底筒男命、中筒男命、表筒男命)
相殿(あいどの):神功皇后
相殿とは同じ社殿に2柱以上の神様を一緒に祀ること。


住吉三神誕生の宮

現人神社の名前の由来が刻まれている。


恋ぼんぼり
恋愛成就や縁結びの願いを込めて12月初旬まで掲げています。

現人神社の名前は以前から知っていたけど今回友だちに案内してもらい初めて訪れ、名前の由来がやっとわかりました。
▶fukuda0917@yahoo.ne.jp
塾長より
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塾長さん お疲れ様です。いつもすごいものを見つけてきますね。
裂田溝は、8世紀 重機のユンボなどなかった時代、どうやって作ったのでしょうか? スコップも鉄製で機能の良いものは
なかったはずですね。
稲作は、紀元前から行われており、福岡市の板付遺跡が日本最古。佐賀県唐津市の菜畑遺跡から水田跡が見つかり、これも
板付遺跡に近い年代だと歴史書に書かれています。
では 年代はどうやって測定するのでしょう。炭素年代測定法と書かれています。ところが、炭素年代測定法は、後日の
異物が付着し易く不確実だと問題になったそうです。
私は詳しくは分かりませんが、今は レプリカ法 又の名をモールド法という方法がとられていると聞きました。
それによると稲作の始まりは、4世紀から5世紀だそうで、えらい違いです。
歴史・ストーリーは、根拠に基づいた発表がされ、それに異論や反論がなければ、それが歴史として固定化するそうです。
では 稲作に異論・反論がなかったら?
日本中 いや世界も含めて、歴史書・教科書・試験問題までも書き直さなければなりません。
これは10月の講習会での話です。
現人神社は航海・漁業・水運を守る神様です。なのに 海岸から約30km近く離れた内陸部に、元祖住吉神社があります。
当時はパソコンも紙も鉛筆も無かった時代。どうやって受け継がれたでしょうか? 日本書記は後日、見せるために
書かれたとも聞きます。
こうやってみると、歴史は面白い。楽しい。事実の追求があるから。
塾長さん 又 面白い話をお願いします。切り口を探しましょう。
もの好きジイジさんコメントありがとうございます。歴史的学問的背景からの解説ありがとうございます。
云われるように歴史が面白いのは事実がはっきり固まっていないところを想像するところではないかと思いますね。これからも解説よろしくお願いします。