こんにちは!太宰府魅力発見塾塾長の福田です。

行楽の時季を迎え泊りで日田方面の亀山公園や慈恩の滝に出かけ温泉を楽しんできました。

ひまわり

①みなみの里

福岡県朝倉郡筑前町三並866

 

 

②バサロ(道の駅原鶴)

福岡県朝倉市杷木久喜宮1665-1

 

 

 

日隈山(亀山公園)

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正面に三隈堰、間に三隈川公園を挟んで左に島内堰

住所:日田市中ノ島町559

亀山公園の名称の由来:亀のような形をした山なので亀山(きざん)と呼ばれるようになる。

三隈川

筑後川の本流で有明海まで75km

 

日田温泉街

 

鵜飼の屋形船

 

緑橋

亀山公園(左)と温泉街(右)に架かる橋

 

島内堰(しまうちぜき)

左が亀山公園、右は三隈川公園

 

 

水制工(すいせいこう)

国交省筑後川河川事務所前

水流調節のため

ミニナイアガラの滝、小さくてとてもかわいい!

 

 

夕陽に照らされてキラキラと輝いていた

 

桜滝

住所:大分県日田市天瀬町合楽川

国道から150m。

落差25m、幅15m

名前の由来:水が流れ落ちる途中に張り出した岩にあたり、そのしぶきが桜の花が舞うように見えることから、この名前が付けられる。

 

姿形は女性的でとてもきれいな滝でした。

 

豊後国誌には「砕け散ること花の如く、流下することスダレの如し」と紹介されている

 

慈恩の滝

住所:玖珠町山浦618/日田市天瀬町杉河内1546-2

日田市天瀬町と玖珠郡玖珠町の境に位置し国道沿いにある。

 

二段滝

上段20m、下段10mと、合わせて約30mの落差がある二段滝。
また、滝の裏側を通ることができるため別名「裏見の滝」とも呼ばれる。

裏側は今回は大雨の影響で通行止めでした。

 

 

慈恩の滝の名前の由来となった「大蛇伝説」

昔、滝壺の中に大蛇が住んでおり、村を荒らし回っていました。困り果てた農民は大蛇を鎮めようとあらゆる手をつくしましたが、荒らされ続けました。ある時に通りかかった旅僧が大蛇を鎮めようと試みたところ、大蛇は寄生虫に苦しんでいたため暴れていたことがわかった旅僧は、お経を唱えながら大蛇を撫でさすり病気を治したのです。これに感謝した農民が旅僧のために「慈恩寺」を建てました

この伝説に出てくる「慈恩寺」が由来となって、滝の名がついたと言われています。ちなみに「慈恩寺」は戦国の争乱により残念ながら滅失してしまったそうです。

男性的で水流豊富な流れを間近で見られ迫力満点!

 

 

上の滝

 

横の小さな滝

 

高塚愛宕不動尊

創建740年(天平12年)

拝殿・神殿

 

元々は乳の出を良くする地蔵として知られ、境内にある御神木のイチョウの木は乳のような突起が沢山あるため乳銀杏と呼ばれ信仰を集めていたが、 次第に病気平癒、学業成就、商売繁盛など、「どんな願いでも叶えてくれる」といわれるようになり、多くの参拝者が訪れるようになる。

 

御神木(イチョウの木)

樹高:24m

目通し周囲:13m

樹齢:1300年余

 

奉納地蔵

2000体以上のお地蔵さんが安置されている

 

一念堂

 

一念堂の中央に閻魔大王と六地蔵

 

風鈴

 

今回は二つの滝を巡りマイナスイオンいっぱいを全身に浴び、免疫力がアップしリラックス効果抜群でした。

また日田は私が45年前に4年ほど住んでいたところで当時の家(二軒長屋の左の赤い屋根)がそのまま残っていました。

 

長男は小3まで、次男は小1まで、三男は2才まで過ごして周りの田んぼではオタマジャクシやカブトエビなどを捕って子育てには恵まれた環境でした。(後ろに三隈中学校)

私は出勤前に三隈川で魚を釣り、帰って妻とから揚げにした魚をビールのつまみに食べていました。

私は勤めからの帰りが遅く子供たちはもう寝ていて子育てにはほとんど協力できず妻が一番忙しい時期だったと思います。

 

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塾長より

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