こんにちは!太宰府魅力発見塾塾長の福田です。

2025年8月14日のブログのリニューアルと宝照院の月例護摩祈祷への参加を追加しました。

修験道の寺院 宝照院(ほうしょういん)

住所:福岡県太宰府市内山392-6

電話番号:092-408-4441
 
正式名称:竈門山(かまどやま)奥之坊 宝照院(厄難消除、方除け、火難消除)
 
門柱の表札は長谷川法世書
 
 
宗派本山派の修験道

本尊:北辰妙見

 

護摩壇

 

大黒天像(塩売り大黒天)

最澄作といわれている。

 

大黒天小槌

宝満山の「坊」とは、かって宝満山一帯に存在した、修験道の修行者や関係者が住んでいた庵や建物のこと。特に、江戸時代に残った25の坊は宝満二十五坊と呼ばれ、修験道の重要な拠点であった。

最盛期には、宝満山には370もの坊があったと伝えられている。

中宮跡;修験道の中心的な場所であった。 かつては、大講堂や神楽堂などが建ち並び、法螺貝や読経の声が響き渡っていた。

宝照院の沿革

同寺院のルーツは修験の山だった宝満山の宿坊大黒寺奥之坊にある。1872年(明治4)、明治政府の修験道禁止令により山を下り、福岡市博多区冷泉町にあった無住の智楽院に入寺。1900年(明治33年)に糸島の宝照院と合併して「宝照院」となる。
 
冷泉町時代の宝照院
 
宝照院のお堂
(トリップアドバイザーより引用)
 
江戸後期の建築とされる本堂と庫裏(くり)はその後老朽化が進み、宝照院は檀家がなく建て替えは経済的に難しく、宝満山の麓にあるかまど神社に相談し、2023年6月に太宰府の現在地に新築移転。
 

●大黒天の御開帳:年に1回、12月第一日曜日

●月例護摩祈祷:毎月第一日曜日11時より

月例護摩祈祷に参加しました

 

法螺貝
 
 
護摩木
「世界平和」をお願いしました。
 
 
護摩焚き
 
 

転読

大般若経の分厚い経本をアコーディオンの様にパラパラパラっと開く(『転読』という)だけで厄除けになる。

 

大般若経の経本で頭や肩を叩くことでご加護を授かり厄除け開運になる。

 

そもそも修験道(しゅげんどう)とは

修験道とは、日本古来の山岳信仰に仏教、密教道教などが融合して生まれた日本独自の宗教。

密教とは大日如来を本尊とし、加持祈祷を重んじるのが特徴)。

道教とは、古代中国の民間信仰を基盤に、老荘思想、神仙思想、陰陽五行説、呪術などが融合して成立した宗教)。

刀で縄を切り結界に入り大護摩供の始まり

修験道の始祖を役行者(えんのぎょうじゃ)奈良時代に活躍した呪術者であり、山岳信仰を基盤とする修験道の開祖とされている。

役行者

(宝照院で撮影)

(山岳信仰とは山を神聖な場所とみなし、自然崇拝を基盤としている)。
 
 
山伏の修行とは山伏は山に籠もって断食、滝行、読経、加持祈祷呪術などの厳しい修行を行い、心身を鍛え、霊験(超自然的力)を得て、人々の幸福を祈る
 
(加持祈祷とは加持は仏の力を借りること、祈祷は仏に祈ること。特定の儀式や作法を通じて、仏と一体になることで、病気平癒や災難除け、心願成就などを祈願すること)。
(呪術とは超自然的、神秘的なものの力を借りて、望む事柄を起こさせること。まじない・魔法など)。
 
 
峰入りとは、修験道における修行の一つで、山伏が山岳の霊場に入り修行を行うこと。
 
(ザ 修験道より)
 
修験道の本山は、本山派の本山は京都の聖護院門跡。当山派も京都の醍醐寺三宝院。
(門跡寺院とは、皇族や公家出身者が住職を務める格式の高い寺院)。
 
本尊は北辰妙見。火除け・厄除けの霊験があるとされる

北辰妙見とは

北辰とは北極星(北極の天)

妙見とは北極星や北斗七星を神格化した存在

北極星・北斗七星を神や仏として信仰する信仰

妙見菩薩とは、北極星や北斗七星を神格化した仏教の菩薩。

護摩炊き

https://youtu.be/dDXF5C476Ik?si=i3M8I2QuUbcs1ta3

護摩焚きとは、修験道の護摩祈祷で使用される護摩木に願い事を書き、炉の中で炊くことで煩悩を焼き尽くし、本尊に願いが届くように祈願する。 

護摩木

 

 
火渡りとは燃え盛る火の上を、裸足で歩く行為火を渡ることで、災厄を払い、心身を清め、願い事を成就させる。

神仏分離令

1868年(明治元年)神仏分離令は、神道と仏教を分離し、神社から仏教的な要素を排除しようとする政策。

一方、廃仏毀釈運動はこの神仏分離令をきっかけに、仏教寺院や仏像、仏具などを破壊、排斥する運動。

修験道禁止令

明治4年には修験道の活動や思想が、政府によって「迷信的」「非科学的」とみなされ、警戒され修験道禁止令発令。

憲法「信教の自由」により復活

1945年以降

宗教活動の自由が憲法で保障されると、修験道は山伏修行や峰入り行として復活。

1970年代以降

修験道が文化遺産や観光資源としても注目され、国内外から修行体験に参加する人も増加。

また世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」(2004年登録)によって修験道の知名度がさらに向上。

英彦山の護摩焚き

日時:毎月第1日曜日、11時~12時

場所:奉幣殿(麓の銅の鳥居から900m)

交通手段:スロープカー

電話:0947-85-0375

駅名:英彦山神宮花駅~神駅

(護摩焚き近くまで行きます)

運賃:往復700円

行き:始発8:40、以後00,20,40

帰り:10、30,50。最終17:50

 
今回ブログにアップすることになったキッカケは宝照院に縁のある方からの照会で、聞くところによると当院には檀家がないために、冷泉町の時には生計を立てるために住職は会社勤めをしながら、坊守さんは本堂に隣接した自宅の1階で喫茶店をしていたけれど体調を崩し現地での建て替えは経済的にも難しいことから本堂の維持を断念し、現在地に移転したそうです。
 
福岡県下には多くの修験の山や修験道場はあるけれども修験道の寺院は太宰府市内にはわかる範囲では当院だけのようで、福岡県下でも数か所しかないようです。それだけに歴史的にも文化的にも非常に貴重な遺産ですので市民あげて応援し後世に残していかなければいけないと思います。
 
また宝満山登山の方々、かまど神社に参拝の方々は当院はかまど神社から目と鼻の先にあるから訪ねてほしいと思います。
 

お問い合わせ・ガイドの依頼はコチラから
fukuda0917@yahoo.ne.jp

塾長より

いつも記事をお読みいただきありがとうございます。
もしよろしければ記事の一番下にある「コメントを残す」より
コメントを書いていただけますと、記事を書く励みになります。

これからも太宰府の魅力をお伝えしていきますので
応援よろしくお願いします。