こんにちは!太宰府魅力発見塾塾長の福田です。

先日高野山金剛峰寺・奥之院に行ってきました。

高野山

高野山は弘法大師(空海上人)が816年真言密教の根本道場として海抜900mの高峰上に開創。

①行程

船中2泊3日

・11.14(土)14:40 JR博多駅発ー16:10 JR小倉駅ー17:30フェリ-新門司港発

・11.15(日)6:00フェリ-泉大津港着ー矢立て(歩き始め)ー高野山町石道ウオーク(9km、3時間の登山&観光コース)ー高野山金剛峰寺ー高野山奥の院弘法大師御廟(歩き終わり)ーバスー17:30フェリ-泉大津発

・11.16(月)6:00新門司港着ー6:50 JR小倉駅発ー8:10 JR博多駅着

②料金

A 旅行代金25,800円-9,030円(go toトラベル35%)=16,770円

B 旅行代金25,800×15%(地域振興券)=4,000円(目的地でのみ使用可)

実質負担A-B=12,770円(旅行代金の半額)

 

フェリ-でいざ出発

 

右上に金星

 

新門司港~泉大津

船室にはベッドが備えてありホテルのようで揺れはほとんどなくグッスリ休めました。

 

高野山 町石道(ちょういしみち)ウオーク

(9km、3時間の登山&観光コース)

町石道とは紀の川南岸の九度山町(町名の由来は弘法大師が月に9度慈尊院の母を訪ねて来ていたことに因む)にある慈尊院(弘法大師の母が住んでいたところ)から高野山へ上る高野参詣道で、弘法大師が切り開き、その後も最もよく使われた主要道である。町石道の名の由来は、道標(道しるべ)として、1町(約109m)ごとに「町石(ちょういし)」と呼ばれる高さ約3メートル強の五輪卒塔婆形の石柱が建てられた事による。

 

大門

高野山内の入口

 

 

金剛峰寺

全国に4千余の末寺を持つ高野山真言宗の総本山。

豊臣秀吉が1593年に亡母追善菩提のため建立。

中門

大塔

多宝塔としては日本で最初のもので、胎蔵界の大日如来と金剛界の四仏が祀

られている。

金堂

平安時代半ばから一山の総本堂として重要な役割をはたしてきてる。

御社と山王院

 

御影堂

 

 

 

刈萱堂

刈萱堂

 

 

二石釜

この釜一個で約七斗(98kg)のごはんを炊くことができます。

三個で一度に二石(280kg)2,000人分程のごはんが焚けます。

全国からそれだけ多くの修行僧が集まっていたのでしょうね。

奥之院弘法大師  一の橋

奥之院へは一の橋から参拝します。一の橋から御廟まで約2kmの道のりには、およそ20万基を超える諸大名の墓石や、祈念碑、慰霊碑の数々が樹齢数百年を超える杉木立の中に立ち並んでいます。

 

 

鶴田浩二之墓

 

親鸞聖人

 

武田信玄・勝頼

 

伊達政宗

 

薩摩島津家

 

明智光秀

 

崇源夫人(江姫)

墓所一の大きさ

浅井長政の三女で、母は織田信秀の娘・市(織田信長の妹)

 

加賀前田家

 

法然上人

 

織田信長

 

 

中の橋

ここから先は脱帽、カメラ撮影禁止

弘法大師御廟

御廟は大師信仰の中心聖地

 

御朱印

 

名物柿の葉すしお土産に買いました。

 

高野山には篠栗四国八十八か所巡り(現在82か所)結願後に行こうと思っていたので今回友だちに誘われて行きました。

一番の驚きは真言宗の高野山に浄土真宗の開祖親鸞聖人、浄土宗開祖の法然上人の墓所があることでした。

ガイドさんにお聞きしたら「お二人とも宗派を開く前はいろんな宗教・宗派の勉強をされここ真言宗の高野山にも修行に来られました」とのことで理解できました。

それだけ弘法大師が開いた真言宗は日本の宗教に多大な影響を与えたのだろうと思った次第でした。

紅葉の時期に親しい仲間と訪れられとてもいいい勉強になりました。

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塾長より

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