こんにちは!太宰府魅力発見塾塾長の福田です。

22.7.3の記事をリニューアルしました。

太宰府天満宮の七夕祭り

期間:毎年7.1~7.7

7月7日は

●七夕祭り:19時30分 本殿 

●七夕の宴並びに山鹿灯籠踊り20時 天神ひろば

風鈴の音をお聞きください。

参拝者が願いごとを書いた短冊や七夕の飾りが華やかに彩ります。

山鹿灯籠踊り

日時:7月7日 20:00~

熊本県山鹿市「山鹿灯籠踊り」が奉納されます。

 

ピンクの浴衣は山鹿灯篭保存会のみなさん

 

白地の浴衣は地元のみなさん

 

外国人(ウクライナ?)も参加しています。

よへほ節

「主は山鹿の骨なし灯篭(ヨーヘホ ヨヘホ)
骨もなければ 肉もなし(ヨーヘホ ヨヘホ)♪」

よへほ節の「よへほ」の意味は「あなたも踊りを見て酔いなさいよ、ほら」という意味。

灯篭は和紙とのりだけで作られ1基5万円といわれています。

灯籠の灯はLED。(山鹿市役所観光課に確認)

優雅で幻想的な山鹿灯籠踊りに日中の暑さをしばし忘れ堪能してきました。

太宰府天満宮の夏祭り

毎年7月24日夏越祭14時と7月25日誕生祭11時が開催され25日夜の心字池周辺を照らす幻想的な千灯明(心字池)20時点灯が見どころです。

そもそもなぜ毎年山鹿灯篭踊りが太宰府天満宮に奉納されるのか

太宰府天満宮の七夕祭で山鹿灯籠踊りが奉納されるのは、太宰府と熊本県山鹿市との歴史的なつながりを今に伝えるためです。

その背景には約1,300年前までさかのぼる歴史があります。

7世紀後半、白村江の戦い(663年)の後、大和朝廷は九州防衛の拠点として鞠智城(きくちじょう)を築きました。鞠智城は、大宰府を支える兵站基地(食料・武器・兵士の補給基地)の役割を担っていたのです。

太宰府天満宮では、この古代からの縁を現代によみがえらせる意味を込めて、七夕祭で山鹿市の伝統芸能である山鹿灯籠踊りを奉納しています。(少なくとも2016年には太宰府天満宮で山鹿灯籠踊りが奉納されていた)

山鹿灯籠踊りは単なる演芸ではなく、古代から続く太宰府と山鹿の歴史的な絆を表現する奉納行事として、七夕祭の重要な見どころになっています。

なお鞠智城(住所は山鹿市菊鹿町米原)は山鹿市と菊池市にまたがっているけれども住所が山鹿市になっているのは復元施設や管理施設(温故創生館)来園者の入口の所在地が山鹿市側にあるためです。

「鞠智(古代の地名)」という地域に築かれた城だから「鞠智城」で、その後の地名変更で鞠智城は山鹿と菊池に分かれたのです。

白村江の戦いとは

 

鞠智城とは

 

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塾長より

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