こんにちは!太宰府魅力発見塾塾長の福田です。

 

先日友だちと四王寺山(大野山)麓のうっちゃん宅に刀鑑賞に行ってきました。

うっちゃんとは太宰府の古民家カフェ「ひとひら」でお会いしたのが縁で今回の運びになりました。

観賞には2時間くらい予定してくださいとのことでしたのでその予定で行きました。(実際は3時間半かかりました)

(うっちゃん撮影の写真もお借りしています)

 

 

最初に四王寺山(大野山)を少し登ったところに水城跡、背振山や博多湾が一望できるview pointへ。

 

 

 

水城跡と遠く見えるのが背振山

 

博多湾方面

絶好のview pointでした!

 

ご自宅の前でうっちゃんと左はわたしの友だち

 

関の孫六

「兼元 母里家伝来」

美濃地方の兼元(かねもと)俗に二代目兼元を「関の孫六」という。室町時代

 

「黒田長政公 依 拝領也 長 壱尺七寸六分有」

 

これが実物

福岡藩の武将母里太兵衛(福岡城六端城の一つ鷹取城城主、酒は~飲め飲め~♪ 飲むならば~♪で有名)が福岡藩初代藩主黒田長政から拝領したという脇差。

藩主長政が武将の前で謡う謡を母里太兵衛がその下手さをけなすと、長政はさっーと引き下がり刀を持ってきたので太兵衛本人はもとより周りの武将が青ざめる中で長政から率直さへの褒美として拝領したという逸品だとか。

美術品的な美しさもですが、それにまつわるストーリーが好きで集めていますとのことでした。

 

福岡黒田藩の黒餅紋の兜

 

黒田藩の紋(鞘の左から黒餅紋、白餅紋、黒餅紋)

黒餅紋の黒は音で読めばコクで石(コク)に掛け、白餅紋の白は城に掛け藩の繁栄を祈念して決めたとか。

黒餅紋は元々は竹中半兵衛(官兵衛の一命を救ってくれた恩人)家の紋だったのを恩に着て黒田家の紋にしたそうです。

歴史はそういう由来・流れを知るのも楽しみの一つですね。

 

 

山城地方の「大和国保昌貞宗(やまとのくにほうしょうさだむね)鎌倉時代

 

折紙(保証書)

 

「代 金子 参百参拾枚」(今の価格で3,000万円相当とか)

 

岡山備前の「福岡一文字」南北朝時代

 

熊本細川藩九曜の紋の小刀

 

PS うっちゃんより

コメントに志津掃部頭さんとありますが我が家に置いていた南北朝時代の刀工「志津三郎兼氏」です。

 

鍋島藩・飾り槍 江戸時代

(杏葉紋)

 

 

銃も趣味だそうです

 

コメントいただいた志津掃部頭氏は銃にも造詣深そうでしたのでうっちゃんにお願いして以下の銃を送っていただきました。ご覧ください。

イギリス軍・自動小銃FALL1A1(1959年製)20発・本物(無可動銃)

 

イギリス軍・軽機関銃MK1(1942年製)30発(同上)

 

アメリカ軍・軽機関銃トンプソン(第二次世界大戦仕様)・金属モデルガン

 

日本軍・九十九式短小銃(1943年製)5発・本物(無可動銃)

 

紙粘土細工の魚

この精巧な魚をわずか2時間ほどで作るそうです。(乾燥する時間を除き)

正に神技!

「本物の魚ですか?」テレビの取材で訪れたタレントのスザンヌさんが精巧な粘土細工を見て思わず声をあげたそうです。

姿形は言うに及ばず、刻まれた一本一本の細かなうろこの線まで造形や色合いが、驚くほどリアルだったからだそうです。

真鯛

新元号「令和」が大宰府にゆかりがあることから、「めでたい」との気持ちを込めて作成。

 

鶏魚(いさき)

 

蓑カサゴ

 

マトウダイ

 

今日はお忙しい中、長時間にわたり貴重な所蔵品をご開示・ご説明いただきありがとうございました。
一つひとつが国宝級の品々でまたあの精巧な魚がわずか2時間ほどで出来るとは正に神技です。
今日は本当にありがとうございました。
機会あればまたお伺いさせていただきたいと思います。
 
うっちゃんより
今日はお疲れ様でした。まだ半分くらいかお見せできませんでした。
またいつでもお越し下さい 。
 



塾長より

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