こんにちは!太宰府魅力発見塾塾長の福田です。

 

太宰府天満宮境内で特に人気の高い「見つけると願いが叶う11体の御神牛探し」を紹介します。

御神牛(ごしんぎゅう)とは

太宰府天満宮の境内に祀られた臥牛像のことです。太宰府天満宮では菅原道真公が牛と縁が深かったことから御神牛と呼ばれています。

まずは「御神牛配置図」をご覧ください。

太宰府天満宮御神牛配置図

 

そもそも道真公と牛にはどういう関係が?

①道真公は845年6月25日丑の日に生まれました。

②道真公は左遷により太宰府に赴く途中、牛の鳴き声で刺客から逃れることができました。

③道真公は903年2月25日丑の日に亡くなりました。

④道真公の「遺骸を牛車に乗せて、牛の赴くところにとどめよ」という遺言により、遺体は道真公の住んでいた榎社から牛車で運ばれる途中、牛がうずくまり動かなくなったためその地を墓地として埋葬。御神牛の多くが臥牛像であるのはここからきています。

⑤905年の乙丑8月19日、門弟である味酒安行は道真公を埋葬した場所に神廟を建てました。それが安楽寺であり、のちの太宰府天満宮の本殿です。

 

御神牛配置図の順番で

①1985年(昭和60年)

太宰府天満宮参道突き当り、延寿王院の前にあります。

太宰府の彫刻家冨永朝堂作。背中のなだらかな曲線は霊峰宝満山を表しています。

人気No1!いつも写真撮影の行列ができています。

 

 

②1979年(昭和54年)

心字池の畔

 

③1963年(昭和38年)

手水鉢の裏、一番見つけにくい

 

④1805年(文化2年)

撫で牛

楼門手前の右側

太宰府天満宮境内にある11体の御神牛の中で唯一福岡県指定文化財

「1805年乙丑(きのとうし)の年に奉納されたこの神牛の臥牛像はご自分の身体と同じご神牛の部分を祈念を込めてお互いに撫でさすれば身体健全はもとより病気全快するといわれ、また神牛の頭部を同じように撫でさすれば知恵が付くと言う信仰でございます」(説明板)

 

⑤1958年(昭和33年)

楼門左前

 

⑥1876年(明治9年)

東回廊外側

 

⑦1876年(明治9年)

本殿右前

人気者で福岡物産展などの催事によく出かけて留守が多いです。

姿形がよく小ぶりで持ち運びが簡単で青銅製だからか欠損個所もないからかもしれません。

8,ご神牛,

 

⑧1888年(明治21年)

本殿左前

こちらも人気者で福岡物産展などの催事によく出かけています。

 

⑨無銘

東回廊外側

 

⑩無銘

天満宮本殿裏側

御神牛の中で最小

 

⑪1802年(享和2年)

御神牛の中で最古

本殿裏「くすの木千年 さらに今年の 若葉なり」の句碑の前

 

 

 

無事、発見できることを願っています!

この御神牛探しは大人はもちろん特に女性やこどもさん、外国人にも大変人気があります!

 

太宰府のパワースポット巡りスタート!

本日集まってくれた塾生たちとパワースポット巡りをします。

塾長宅に集合して出発前に記念撮影!

 

御神牛を見付けて思わずにっこり!

 

 

後日、塾生のベイリー・オナガさん(アメリカ人)がパワースポット巡りの様子を描いてくれました!

わたしも中央左に描かれていてそっくり

 

太宰府天満宮の職員の方が「天満宮で是非見てほしい」と言っておられる4つ「大樟、飛梅、梅の種納め所、撫で牛」の中の一つです。

他の3つは

大樟

 

飛梅

 

梅の種納め所

 

無事、発見できることを願っています!

この御神牛探しは大人はもちろん特に女性やこどもさん、外国人にも大変人気があります!

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塾長より

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